解任劇から1日半が経った23日午後、デービット・モイズ前監督が声明という形で初めてコメントと発した。そこにはなぜ解任されたか、いや解任されなければならなかったのか。その行間から、悔しさと理由が伝わってくる。
「世界で最も大きなクラブのひとつである、マンチェスター・ユナイテッドで監督を務めたことは、これからも、大きな誇りに感じる」と語り、さらに「ユナイテッドの監督という仕事のスケールはとてつもなく大きい。だが私はハードワークすることを一瞬も止めたことはなかったし、私のコーチングスタッフも同じだった」と全力を尽くしたと強調した。
そのうえで「今季、この過渡期におけるパフォーマンスや結果はクラブが過去に成し遂げたものではなく、またファンが期待したものとも遠かった。私はこれを理解するし、このフラストレーションをともに共有する」と不出来を素直に認めた。さらに「コーチングスタッフに感謝したい」、「シーズンを通じて応援してくれたファンに感謝する」と語り、「監督として学ぶことは止めない」と今後も監督業を続けることに意欲を見せた。
しかし選手については、感謝の言葉どころか、ひと言も語らなかったのだ。通常なら、たとえそう思っていなかったとしても、形式上、ひと言入れるのが通例である。あえて触れたくなかったのだろう。モイズ前監督の石頭で愚直な性格が現れている。
実は今季「モイズの練習は単調で実戦的ではない」、「戦術やビジョンが共有できない」、「一部の経験ある選手たちが不満を持っている」と漏れ伝わって来ていた。選手たちは、前任のファーガソン元監督と比べ、力量不足が透けて見えたのだろう。
これによりモイズ前監督は、選手たちとの間に信頼関係が築けず、サポートが得られなかった。一方、指揮官からすれば、選手たちが、思うようなプレーをしてくれない、という不満があったに違いない。だから、ひと言も触れなかったのだ。
最後の試合となった、モイズ前監督にとっての古巣戦、20日の敵地でのエバートン戦は、本当にひどかった。ピッチの選手たちから、「勝たなければならない」という気迫が伝わって来なかった。チームとしては、末期症状だったといえる。
クラブ側が決断した、解任の直接的な理由は、今季11敗目を喫し、来季の欧州チャンピオンズリーグの出場権を逃すなど、成績不振にある。だがクラブ側がこのタイミングで見切ったのは、指揮官と選手との人間関係が、修復不可能と判断したからだ。
真相を語らずして語った、モイズ前監督。このプレミアリーグのトップ中のトップで指揮官として成功するには、策士で二枚舌、三枚舌でなければ難しい。最後まで意地を貫いたのは、頑固なモイズ前監督らしいが、ここに氏の限界を見たような気がする。